
食事の「いただきます」、浸透したのは最近!? 辞典の編集委員がリサーチしたら、意外な結果が……https://t.co/bX46YTktn2
— まいどなニュース (@maidonanews) January 7, 2026
食事の際のあいさつとして常用されている「いただきます」。今、SNS上ではこの言葉の起源が大きな注目を集めている。
きっかけになったのは日本語研究家で青山学院大学名誉教授の近藤泰弘さん(@yhkondo)が投稿した
「食前の挨拶の『いただきます』について、食材の命への感謝とか、作った人への感謝とかいう説が時々流れてくるが、かなり疑わしい。Wikipediaの『いただきます』の項では、最古例は1934年とするが、今回新たに国会図書館デジタルで調べてみて、挨拶としての最古例は、大正6年(1917)刊行の『小学校に於ける作法教授法要綱及細目』という、伊形精一という人の著作にあった。中に、『食事の心得』として、『食事の終始に挨拶をなすべし「いただきます」「ごちそうさま」』とある。やはり、今でもそうであるように、学校教育が起源という蓋然性が高いのではないか?」
という考察だ。
引用元 ※全文はソースで。
https://maidonanews.jp/article/16260494
「いただきます」って兵隊が天皇陛下に対して言ってたのが由来だろ
つまり、古くても明治以降だな
自分も明治の軍隊から天皇陛下に対する感謝のお礼だと思うわ
で、徴兵制で入隊後普通にできるように小学校から教えたんだろうなと
>一部の階層にあった習慣を広めようとしたのではないかと理解しました。
なんか最近日本の習慣は近代になって発生した歴史の浅いものキャンペーンを感じる
まあ誰がどこがとは言わんが
給食のおばさんに感謝の意で「いただきます」が始めとかかな
>>1の記事にあるように「感謝の意図はなかった」というのに、ほぼ全員が理由を聞かれたら「感謝をしてる」と答えてる
このギャップは上で書いたように実際のところの起源は僧侶がやる儀礼にあるんだろうと思うね
日本人は寺子屋で学問を習っていたし、事実上の戸籍を管理してる寺と常に密接にかかわり続けてるからね
僧侶のやる行為を日本人が食事前の儀礼として理解してるんだろうと思う
それはそうだとして、じゃあそれ以前の日本人が
配膳→即がっついてたとも思わない
うちのほうじゃ、朝新しくご飯を炊いたら必ず神様と仏様にお供えするもんだった。
で、そのご飯はいただく。
かみさまのお下がりをいただくわけだ。
その後食べる。
ごはんは固くなってるしうまいもんじゃないけど、それを食うと賢くなるとかおだてて子供に食わせるものだった。
だから、「いただきます」は、全部じゃないにしろ多くの家で言ってたんじゃないかと思うなあ。
昔はそうでした
いただきますは生産者とか人間相手にいうんじゃないと思ってる

店出る時言うぞ
ジェミニ
「いただきます」は、日本人の精神性を象徴する美しい言葉ですが、その歴史を紐解くと**「言葉自体の起源は古いが、食前の挨拶として全国民が使うようになったのは意外と最近(昭和)」**という興味深い事実があります。
その歴史的背景と、込められた本来の意味について解説します。
1. 語源:頭上に捧げる動作
もともとの語源は、山の頂上や頭のてっぺんを指す**「頂(いただき)」**です。
* 古来の動作: 高貴な方から物をもらう時や、神仏へのお供え物を下げる時、その品を頭の上(頂)に高く捧げ持って敬意を表しました。
* 謙譲語へ: この動作から「(頭上に)いただく」=「食べる・もらう」の謙譲語として定着しました。
2. 歴史:いつから「挨拶」になったのか?
実は、庶民が日常的に「いただきます」と声を揃えて言うようになったのは、比較的最近のことです。
* 江戸時代まで:
まだ一般的な習慣ではありませんでした。当時は箱膳(一人用の食器セット)で、食事の時間も家族バラバラ(仕事の合間に食べる)であることが多く、全員揃って「いただきます」と唱和する風景は稀でした。
※「ごちそうさま」の方が、客人が走り回って準備してくれたことへの感謝として、江戸後期にはある程度使われていたようです。
* 明治時代:
学校教育(修身)の教科書に「箸を取る前にいただきますと言う」といった記述が登場し始めますが、まだ一部の礼儀作法としての側面が強く、全国の家庭には浸透していません。
* 昭和時代(戦中・戦後):
ここが最大の転換点です。**「学校給食」と「教育」**によって爆発的に普及しました。
学校で先生と生徒が全員揃って手を合わせ、号令と共に「いただきます」をする習慣が定着し、それを子供たちが家庭に持ち帰ることで、昭和の家庭の団欒(ちゃぶ台を囲む食事)における定番の挨拶となりました。
民俗学者の柳田國男も、昭和21年(1946年)の著書で「『いただきます』は近頃普及したものだ」という趣旨の指摘をしています。
はじめ人間ギャートルズでもいただきますって言ってそうだ
つまり・・・
コレやらせないと並べた先から食ったり片付けだしてからまだ食べるとか揉めるんだよ
どんな大家族だよw
じい様が飯食う時いただきますとか言ってた気がする
というわけでむかしむかしからの習慣だよ
言葉って変わるからな
道で出会って「こんにちは」とかな
「ありがとう」だってそう
せいぜい「ありがてぇ、助かったわ」くらい
それも方言だらけ
共通語としての日本語の歴史がそも明治以降
>せいぜい100年ちょっと前
> せいぜい100年ちょっと前
せいぜい100年?
夫婦同姓も明治以降の150年しかないとか言う奴いるけど
100年続けば立派な伝統だろ
せいぜい100年とか、京都人じゃあるまいし
流石に100年程度じゃあ伝統にはならねえよwww
鉄道会社のお正月イベントとして始まった「初詣」も伝統とは到底呼べないな
初詣は鉄道会社と神社とかが連動企画で始めたみたいだね。

昔なんて、いただきますって言っている人、そんなにいなかったぞ
言っている人見ると、この人しっかりした家なんだなと
あらためて思ったりしたくらいだ
そこに到達している精神性の高さを重んじるべき
最近だからと言って蔑ろにしていいものではない
文化の進化に水を差す不届もの
宗派にもよるのかな。
御命頂戴仕候
刺客だってちゃんと挨拶してそうだよねw
クソ不味かったら言わんだろう
その評価を否定するものは
己の仕事を否定するに等しい
対象がはっきりしない、程度もはっきりしない、そういう感謝があっても別段問題ないとはおもうけどね
ちょうど良いのはどのくらいかを追求しても、大して意味はないだろう
そんなことしたら、トランプのディールみたいにじゃないか
金額がかわるわけでも、損するわけでもないんだから
こういう研究って面白いよね
宗教色を帯びない普遍的な感謝の気持ちが込められた言葉だなと
その土地や人の歴史に対する興味や考察に他ならない
ただし最近はさすがにうまくいかなくなった
「江戸しぐさ」とかなw
スケールの大きい話に感じて印象に残っている
引用元 https://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1767791395
















































ありがとうございます
>なんか最近日本の習慣は近代になって発生した歴史の浅いものキャンペーンを
どこぞの未開民族の嫉妬やろねぇ、感謝するってええ習慣ですわな
歴史浅いからやめようなんて言うほうがどうかしてる
良いことは続けてもいいじゃねえか
だから何やねん
いちいちなんでもかんでも難癖つけて止めさせようとする、活動家の相手なんかするな無視しろ
記事読んできたけど根拠レスで論文なら即リジェクトされるレベル。
ただの想像やん。
花見と同様、一部では実例があっても
日本全国色々な立場の人間に広まっていた訳ではないよ
根拠は雑だけど結論は概ね正しい
根拠がないのに言い切るのはアカデミアとしては不適切だな。
じゃあ根拠の無いマナー講師様が最近言い出したのは最近言い出したから聞く必要は皆無と言うことで良いですね
つまりこの話もただのノイズと言うことで
思ってるより世の中に結構いる「意地でも頭下げたくない人」にとっては屈辱以外の何物でもないもんな
頭下げない為の理屈なら大喜びで吸収するから笑う
明治時代を「最近」って…筆者はエルフ族か何か?
>>9
マナー講師が作ったマナーを「昔から。昔は」とも言うから、時間感覚が地球人と違うんだろうな、たぶん
神(天皇)に対する礼であり人に対するものではないよ
俺は昔から江戸しぐさといわゆる命をいただきますには、同じ胡散臭さを感じていた。
あれは作ってくれた人への感謝だから。その対の言葉でご馳走様でした。お粗末様でした。って言うんだから。
命を頂きますwなんて生き物として非常に驕り高ぶった偽善的で性格の悪〜い言葉だと思うよ。
>>12
「こっちも生きる為なんだ。すまん」の意味でもあるし、傲慢だと言うなら「生きてたら何かしらには迷惑掛けるんだから、タヒねば解決だね」ってなっちゃうじゃない
偽善を許せない気持ちは分かるけど、綺麗事では生きていけないし、そもそも自然だってその部分には禁止を出してない、あくまでも中立なんだから、否定するなら「いただきます、ごちそうさまと言えば全て許される・片付く」と、「なかったこと」にしちゃう精神に対して否定をした方がいいんでない?
なんなら「自分は他の命に支えられて、ここまで生きてきた」って事実は、タヒぬまで抱えててもいい気持ちでもあるんだから
>>11
その手のを言い出す奴ってもしかしてギャグで言ってんの?
天皇様や神様、大魔王バーン様を敬って飴玉の1個でももらった事があるのかよw
…あ、「風が吹けばry」論とか抽象的なクソ話はいらないからね。
ご本人の手から直接「ハイ飴ちゃんあげよーね」ってもらったのか、yかnでお答えください。
>>9 >>10
例えたら「第二次大戦?あ~三国志に比べたらついぞ先日だ」くらいの暴論だよね…w
由来がどうであれ食材や関わった人に向けて挨拶するって日本人らしくていいと思うけど
手も合わせないし、いただきますも言わなくなった
飲食店を出る時、お店の人にごちそうさまは言う。ドトールとかでも
どちらにせよ、いただきます&ごちそうさま は、守りたい慣習。
私は外食でも言うよ。
そのほうが、おいしく感じるからね!
後付でもきれいな意味ならいいじゃない
いただきますと唱和はしてなかったかもしれんが、時代が古くなるほど「食事は天からの恵み」として感謝する気持ちは強かったと思うが
日本人の良い所が凝縮された言葉として立派に機能しとる
せっかく根付いている美しい習慣に余計な詮索入れて軽んじるようなマネはやめてもろて
本文※にもあるけど、「いただきます」は元々は仏教、禅宗の食事作法から来てるんだよ
禅宗では食事の前に「食事五観文」というのを唱える。この食べ物、食事がどこから来ていて、誰が調理してここにあるのか、そう言う諸々に感謝して、食べられることに感謝せよ、という内容。いただきますはその省略形
ちなみに禅宗由来の言葉や作法は、みんな知らないだけで普通に根付いてる。挨拶や玄関、主人公なんて単語もそう。そう言う意味では100年ほどの歴史、伝統というわけじゃない。日本に禅宗がやってきて普及したのは1000年近く前の話だからな
>>19~21
そこに実が伴ってりゃ良かったんだけどね…
現実は、給食の現場では「泣いていれば許される」と、逃げ癖を助長するような悪習と化してるじゃん?
しかも、アレルギー以外で残す事を是とする大人側の本心は「そんなに無理しなくても」といったような思いやりではなく
どうも「同様に残してた昔の自分」を正当化する為の贖罪、THE・偽善に見える。
少し前の似たような記事にあった「ご飯は捨てるけど吐いたツバは飲み込ませる教育」みたいなコメントはなかなかに痛烈だったなぁ…
陋習
御仏と皆様のおかげにより
このご馳走を恵まれました
深くご恩を慶び
ありがたくいただきます
うちが子供の頃からと思ったけど
100年前といったら日本の歴史では最近か